【CHの相違点。】



今シーズンも普段通り野戦病院化を経験したアーセナルですが、その中で唯一目立った負傷者を出していないポジションがあります。CHです。
今シーズン、エメリ🍎監督はこのポジションを主にジャカ・トレイラ・グエンドウジの3人で回し、リーグ戦を消化しています。


そのCHの目玉は、なんと言ってもルーカス・トレイラでしょう。サンプドリアから£26mの移籍金でやってきたこの小さなウルグアイ人は、体を張った粘り強い守備に加え、小回りの効くプレーでボール捌きも難なくこなす事から、一部のファンは「コクランとカソルラのミックスだ!」と讃え、そのプレーに心を鷲掴みにされています。おそらく、ファンが選ぶ前半戦のMVP。





そんなトレイラの2CHの相方としてプレーする機会が多いのが、ジャカとグエンドウジです。守備面での貢献度が図抜けて高く、ディフェンシブMFと分類されることが多いトレイラに対して、彼らはボール運びや展開力等のオフェンス面での貢献に特徴があります。今回はこの2人に見られる "組み立て時の動き方の相違点" について触れていきます。




・ジャカ-トレイラ

■ポジショニングの変化とその理由。

今シーズンのジャカの特徴は、以前とプレーエリアが変化したことでしょう。今シーズン序盤まで、ジャカは、中央からサイドへ流れてビルドアップに絡む形を好んでいました。
相手の守備ゾーンの合間なので比較的前を向きやすかったことや、得意のサイドチェンジの効果を最大限発揮できることがその主な理由だと思います。



それに比べて現在のジャカは、横の動きが少なくなり、オフェンス時でも中央付近にポジショニングしていることが多くなっています(※勿論ケースバイケースで、横にズレる場合も多少はある)。

その目的は、アーセナルが長年苦手としているネガティブトランジションの局面で、トレイラの強みを発揮させやすい状況を作ることです。


トレイラの守備は、優れた危機察知能力と機動力を活かした出足の速さに特徴があります。チャントの歌詞内に「He’s only five foot five」 とあるように体格には恵まれていませんが、正確な予測でインターセプトを行う、もしくは間合いを詰めて相手選手とボールの間に自分の身体を入れ切るといったプレーが持ち味です。カンテと比較される機会が多いのも、このようなスタイルが2人に共通しているからでしょう。


しかしながら、そのような守備は "CBの前にスペースを空けてしまいやすい" というリスクが伴います。



CB前のスペースは守備の生命線であり、守備時にMFが最優先で抑えなければならないエリアです。

前所属のサンプドリアやウルグアイ代表ではアンカーのポジションを務めていましたが、アーセナルの場合はそれらのチームよりも周りの選手の重心が高く、中盤底の選手が晒されやすいチームです。加えて前線のプレスバックにもムラがあります。

それゆえ、タスクの量がそれまでのチームと大きく異なり、同じような起用法ではトレイラの持ち味が諸刃の剣になってしまう可能性が非常に高いのです。





そこで、オフェンス時からCH2人を近い距離感でプレーさせ、ネガトラ時にすぐチャレンジ&カバーの関係を作れるようにしておく、というのがこのポジショニングの理屈です。






トレイラが素早い寄せで間合いを詰め、相手のカウンターを減速させる。ジャカがその斜め後ろに入り、カバーリングに備える。また、その逆もしかり。


もちろん、世界クラスのフィルター達と比較するとまだまだ差を感じます。しかし、中央のプロテクトが明確でフィジカル的な補完性も高いこのユニットは、現在のアーセナルの中盤の中で最もネガトラに強いユニットだと私は考えています。



■中盤底の入れ替わり



その代償として、ジャカは組み立ての際も中央でプレーすることとなります。つまり、圧力が高く、ジャカが苦手としている環境でのプレーということです。


しかし現在のジャカはその圧力に屈するどころか、以前よりも余裕をもってボール捌きを行えています。


その理由の1つとして考えられるのが、「トレイラとの中盤底での入れ替わり」です。








①初期位置は2-2のボックス型

②CHの片方がそのボックスの中央(以下中盤底)へ移動。

③ボールの移動や攻撃サイドの変化をトリガーに入れ替わる。

図にするとこのような感じで、4人を線で結ぶと三角形が出来るようなイメージです。




相手MFの守備ゾーンから離れることができ、角度的にも様々なエリアからパスを受け取りやすい。加えて、技術さえ伴えば、サイド・中央・裏のスペース…と幅広いエリアへの配球が可能。
このような理由から、中盤底のエリアは、ゲームメイクを行うのに最適なポジションであると考えられています。


しかし当然ながら、それは守備側のチームも充分に認識していることであり、サッリ・チェルシーへの対策として"ジョルジーニョ番"が流行しているように、中盤底に誰が入るのかを固定しているチームは相手チームに人基準の守備を敷かれやすくなっています。



そこで、中盤底を2人で共有し、そのような守備を回避しようというのが、この入れ替わりの意義です。


「ジャカが捕まえられれば、トレイラが起点に。トレイラが捕まえられれば、ジャカが起点に。」
動き自体は非常にシンプルですが、フレキシブルに配置のパターンを使い分けることで、「誰を押さえれば良いのか」という守備の基準を相手チームに絞らせません。


特定の選手で基準を作れないとなれば、相手チームは複数の選手でマークの受け渡しを行いながら中盤底を抑えることになります。最前線の選手がプレスバックするのか、CHの選手が前に出るのか。どちらにしろアーセナルは相手チームの守備を定位置から動かすことに成功しています。そういったゾーンのズレを突いて前進していくのが、この組み立ての肝となっています。


そして、この仕組みを支えているのが、二列目の中盤補佐です。ジャカ-トレイラの動きに合わせて相手の中盤が縦ズレを起こすと、そのギャップに顔を出し、前線と中盤を繋ぐリンクマンとしてボールの前進をサポートします。





アーセナルの2列目には、ライン間でプレーするのが得意な、所謂トップ下に近いタイプの選手が多く存在します。エジルやムヒタリアンはもちろん、イウォビも左のハーフスペースでボールを受けると特別なプレーを見せます。
加えて、センターフォワードは機動力と得点力の高いスーパーな2人です。


したがって相手チームからすると、それらの選手達にスペースを与えることになる同数プレスは、利益に繋がるか非常に怪しい。体力の消耗が激しい分、90分を通してみるとむしろマイナスになる可能性のほうが高いのではないか。


ということで、現在では予めゾーンを優先して守ることをチーム内で決めてアーセナルに挑んでくるチームが増え、同数プレスを仕掛けてくるチームはあまり見られなくなっています。


このような仕組みにより、アーセナルでは2CHが以前よりも余裕をもってボールを捌けるようになっています。


■CBとの縦関係


また、ジャカ-トレイラペアはバックパスを積極的に活用し、CBとの縦関係で前向きフリーを作ることが多いのも特徴的です。エミレーツでのリバプール戦がその象徴でしょう。





1度中盤がボールを受けて相手選手を圧縮+ボールウォッチャーにする。そしてリターンした後、CBの配球でゾーンのズレを突く。


今シーズンのアーセナルは、エメリ🍎の指導の下で、CBの幅取り・深さ作り・受け直しの動きが大きく改善されました。それにより、最終ラインが受け手として信頼出来るようになり、相手のプレスを分散させることに成功しています。

特にホールディングは上のシーンにもあるように、対面の相手(ミルナー)の動きを見ながらダイレクトで的確に配球出来るようになるなど、今シーズン、飛躍的な成長を遂げました。(それだけに、大怪我が本当に悔しい…)


後ろでモタついてロングボールを蹴らされるなど、まだまだ練度・精度共に不足している面が散見されるとはいえ、CHへの負担や依存度は以前よりも抑えられており、これらの成果は、就任後から一貫してCBを組み立てに絡ませようとしていたエメリ監督の功績だと言って良いと思います。


■難点


どんな陣形にも弱みや難点は必ず存在します。ジャカ-トレイラがペアを組むにあたって、個人的に難点と感じる箇所は2つ。


1つ目は、2列目の選手のスタイルによって、組み立ての質が左右されてしまう点です。

「CBが深さを作り、CHがボールに寄る動きを見せる」ということは、全体の陣形が縦に広がることを意味します。



当然ですが、低い位置でCHが前を向いたところで、パスの出し所が無ければボールを前に運ぶことは出来ません。
また、1トップを務めることが多いオーバメヤンとラカゼットは、どちらもムービングストライカーであり、かつてのジルーのような空中戦の強さはありません。


そのため、この形で前進するには、2列目の選手がこの縦に広がったスペースで「CHからパスを引き出しつつ、1トップを孤立させない」という繊細なポジショニングとリンクアップを行う必要があります。
しかし、それには相応の技術の高さが必要であり誰にでも出来る事ではない、すなわち2列目の人選が限られてしまう、というのが難点になっていると感じます。


この2CHでの組み立てが最も機能したと言えるリバプール戦(H)でそのポジションがエジルとムヒタリアンだったこと、彼らの同時起用がなくなった12月-2月頭までの間、組み立ての質が低下気味でジャカ-トレイラの2CHで挑む試合が少なくなっていたことは、決して偶然ではないと思います。





2つ目は、サイドに組み立ての起点を作りにくい点です。



その影響が最も顕著になったのがウルヴス戦。

中盤底の入れ替えが意味をなさないほど、極端にジャカ-トレイラ周りを圧縮されたことにより、CH経由の組み立てが難しいという展開の試合でした。



その代わりに、アーセナルはサイドの浅いエリアでスペースを得ることが出来ます。そしてこのような展開では、SBの選手が組み立ての起点となる、というのが近年の定石の1つです。


しかし、アーセナルはタッチライン際で勝負出来るタイプのウイングの選手を有していません。

それゆえ、相手のWBを最終ラインにピン留めしておくことが出来ず、SBが相手WBの追撃を受けてしまい縦パスを入れられない、という問題に直面してしまうのです。そこへ意図的に誘導して、アーセナルの組み立てを詰まらせようというのがウルヴスの狙いでした。





エメリ🍎監督を悩ませているのが、分析が進んだことによって、形は違えど同じように組み立てをSBエリアへ追い出そうとするチームが段々と増えてきていること。

それを解決するために、エメリ🍎監督はこれまでに3CBシステムの起用や、IHをサイドに落とす4-3-1-2を試みています。

しかし、前者は「ホールディングの離脱に伴うCBの枚数不足+オフェンス貢献度の低下」、後者は「中盤のポジションバランスを維持出来ない事によるリスク管理の粗悪さ」 によって未だ充分な機能性を示せていません。


厳密に言えば、2CHペアというよりスカッド構成のバランスの悪さが原因なのですが、それゆえにエメリ監督が最も解決に苦労しているなと感じる問題です。



以上がジャカ-トレイラの2CHペアの大まかな特徴です。





・グエンドウジ-トレイラ


グエンドウジのプレースタイルをざっくり表すと、パスレンジの広いリンクマン。精度の高いロングパスを持っていますがレジスタという訳ではなく、また得点への関与が多いBox to Boxという訳でもなく。

最終ラインから敵陣の深い位置まで幅広いエリアに顔を出し、ボールを循環させる。それが彼のプレースタイルであると考えています。


そんなグエンドウジの最も好んでいるプレーエリアが、この左サイドの低い位置です。



上述である、以前までのジャカのプレーエリアと少し似ている部分があります。しかし、同じようなプレーをしているかと言われると、そうではありません。


その主な違いは、ドリブルでスペースへ持ち出す意識とボディアングルです。




サイドチェンジ砲台のような役割で、攻撃を逆サイドへ広げることの意識が高かったジャカに対して、グエンドウジはこのエリアでボールを受けると、まずドリブルでの前進を伺います。

基本的には素早くターンして前方のスペースへ。隙あらば右足を巧みに利用して中央のエリアに潜り込んでいきます。




グエンドウジは相手と正対することを厭わない。それはボールを相手へ晒した持ち方になってしまうことを意味しますが、グエンドウジにはそれでもボールを繋げる技術とフットワークの軽さがあります。加えてパスを出した後にリターンを受け直そうとする動きも怠りません。


そして、運んでいった先々で局所的な数的優位や、相手のゾーンのズレを作り、そこを起点に深いエリアまで相手を押し込んで行く形を得意としています。



またこのポジショニングは、攻撃参加が1番の持ち味であるコラシナツをSBの位置から高いエリアへと押し上げる、という点でも大きな役割を果たしています。


あくまで推測なのですが、12月以降、エメリ🍎の中でグエンドウジの序列が高くなっているのは、このようなオーバーロードによってHS〜大外レーンにかけての推進力と打開力を向上させ、サイドで攻撃の起点を構築出来るようになろうと目論んでいるからではないか、と私は考えています。

特に一月は、オーバメヤンを右サイドで起用し、左からのクロスに対するフィニッシャーに設定するなど、メンバー選考にその思考が色濃く反映されてるなと感じました。




相手を押し込んでいく割に、クロスやラストパス等のファイナルサードでの貢献度が物足りない」という点は課題ではありますが、まだまだ伸び代はたっぷり残されていてプレースタイルも他の選手と差別化出来ているため、将来が非常にたのしみであり、今後も貴重な戦力としてチームに貢献し続けてくれるでしょう。



■難点

そんなグエンドウジを起用する際の難点。恐らくこれまでの話の流れで、大体の察しがついている方もいらっしゃると思いますが、ネガティブトランジションに対する耐性が低い点です。




オーバーロードというのは、片側サイドに人を集中させる関係で、逆サイドや中央のプロテクトが弱くなります。したがって、オーバーロードを仕掛ける際は原則として、「ボールを失った後すぐにプレスに移り、オーバーロードサイドでボールを奪い切ること」ことが必須になります。

しかし、ジャカ-トレイラ偏でも述べたように、アーセナルの前線はプレスバックや攻守の切り替えにムラがあります。


またグエンドウジ自身も、自分の前方にあるボールへの反応は速いですが、チームが下がりながらの守備をするとなった場面で帰陣やカバーリングに手を抜いてしまうシーンが目立つ選手です。



したがって、オーバーロードサイドの圧力がなかなか高まらず、カウンターをスペースへ展開されてしまいやすい。加えて、CHの距離感が遠くトレイラが孤立しているので、中盤底でそれへのリカバリーが効きません。


特に、上のような横の枚数が厚いカウンターを受けるとCB前のスペースを簡単に明け渡してしまい、後手後手の対応になる場面が非常に多く見られます。


また、「役割が曖昧になりやすい」という点もネガトラの強度不足を助長させています。


例えば、FA杯・ユナイテッド戦のこのシーン。





いつも通り、グエンドウジは左サイドの低い位置へ。しかし、その動きとは逆にボールは右サイドへ移動。






その後、ボールはトレイラへ渡り、サポートをするべくエジルがその近くへ下りてくる。




トレイラは右のSBへ展開。そして、エジルが下りたことで空いている前線のスペースへ、トレイラが走り込んでいく。


するとどうでしょう。


・トレイラ→アタッキングサードへ。
・エジル+グエンドウジ→CB前のフィルター役に。

…と、どう見ても適所適材とは言えない陣形になっています。

ポジションチェンジ自体は相手の守備(マーク)を錯乱するのに有効な手段です。
「A選手が外に抜ければ、B選手が中に入ってくる。」「C選手が下りればD選手が上がっていく。」
そういった情報が多ければ守備側のチームはエラーを起こしやすくなります。


しかしそれは、選手達がそのポジション・役割でのノウハウを心得ている前提での話であり、選手の適性といった部分は決して無視してはいけない要素です。いくらマークを外そうとも結局最後は、パスだったりシュートだったり判断能力だったり、個の精度が伴わなければゴールに辿り着けないのがサッカーだからです。

また、攻守の入れ替わりが目まぐるしい昨今のサッカーでは、オフェンスの最中でも守備のポイントを抑えていなければあっという間に失点してしまいます。


したがって、上のシーンのように、選手の長所の活かし方やリスク管理が計算されていないポジションチェンジでは、良い形で攻撃を終えられないこと、ネガトラ時に中盤が強度不足に陥ることが容易に想像出来ると思います。


この場面で、エジル・トレイラが適切な動きを出来ているかはまた別の話ですが、現状のアーセナルではそのような役割の混乱を招きやすいことが、グエンドウジ起用のデメリットの一つとなっています。


以上の2つの要素により、グエンドウジを起用した際はトレイラがいたとて、「いまいちCB前のフィルターが機能しないな」という展開になる傾向にあります。

エメリ🍎が今後、どのような調整で改善を施し、グエンドウジをチームに組み込んでいくのか、楽しみに観察していこうと思います。個人的には、プレーエリアを制限してレジスタ・アンカーに近いポジションで見てみたいなぁーなんて思ったりしてます。




・終わりー。


以上が、大まかな2人の相違点です。文をまとめるのが下手で、長ったらしい記事になってしまってすみません。最後まで読んでいただき超感謝です。


ただ、注意しておいて欲しいのが、ここに書いている形が見られない試合も普通にあるということ。

例えばウェンブリーでのノーロンでは、チームがボールを保持する気がなかったのでグエンドウジは左落ちをしなかったし、ジャカとトレイラの底の入れ替わりも見られませんでした。

エメリ🍎監督は対戦相手によってタスクを細かく調整する監督ですし、選手達も状況に応じて形を変えたりするので、そこを少し頭の片隅に入れておいて、楽しんでくれたら嬉しいです。


















コメント

  1. Matthew jackson2019年3月30日 20:11

    すごく分かりやすくて,あっという間に読んでしまいました.
    全然長ったらしくないですよ!
    素晴らしい記事をありがとうございます.

    それにしても,もしホールディングが怪我していなかったら今頃...
    と思うと残念でなりません.
    来シーズンは素晴らしい配給を彼がしてくれることを祈っています.

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    1. そういうコメントを頂けると、本当に励みになります!ありがとうございます!

      あの怪我、クラブにとってもホールディング自身にとっても痛すぎますよね…。復帰が待ち遠しい…

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